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地味な人 [第11回]

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 郊外に新たに建設された街――いわゆるニュータウン――というのは、内実から言えば、洒落た見かけとは裏腹に、街というよりはいっそ開拓村と呼ぶほうが理に適う。

商店街と言えるほどのものはない。働きざかりの人々は車や電車で会社へ出かけていく。学生は学校へ、老人は少ない。白昼のニュータウンで見かけるのは、幼い子供を連れた女性くらいだ。

彼女たちは子供たちを外気に触れさせるため、ネットワーキング――人と人とのつながり――のため、さらにはコミュニティを求めて外へ出てくる。公園に行ってみようと思う。

自分と同じ育児という課題に生きている人々に気軽に出会える場所といえば、さしあたって公園くらいしか思い浮かばないからだ。

これが海外、例えばドイツなどでは公的な団体、教会、個人などが主催する育児サークル、シュペールグルッペのようなものも存在しようが、まだ日本では望むべくもない。

 公園のようなところで、我が子を第一義とする母親の利害を背景として自然発生したようなコミュニティはとうしたって生理的雰囲気に支配され、原始的、盲目的な力の論理を帯びてくることになる。母親の観音的側面よりは、いっそ鬼神的側面が公園を覆う。

街らしい街の公園が多様な年齢層の人々を抱擁しているのに対して、ここでは若い母親といたいけな子供以外は存在せず、公園は閉鎖的な側面を募らせていく。

 とはいえ、公園は広々としてこの季節、美しかった。風は西南から吹いていた。

すり鉢状になった公園の斜面にはコスモス彼岸花、紫苑が咲き乱れ、花壇にはサルビアマリーゴールドがあった。萩、芙蓉といった低木が花を咲かせ、金木犀が強い芳香を漂わせている。

砂場、すべり台、ブランコ、シーソーなどの遊具があるあたりには、走り回れるくらいの大きさになった子供たちがいて、一つのグループが形成されている。

 そのなかへ入ってこうかどうしようかと躊躇しているかのような、緊張した背中を見せている女性が、公園の入り口に植えられたサルスベリの木の陰にいるのを昌美は見た。

長身のすっきりとした後ろ姿で、白いコットンのパンツにミントグリーンが爽やかな太ボーダー柄の七分袖Tシャツを着ていて、白いクローシュ――釣り鐘状の帽子――を被っている。クローシュから痩せた背中にかけて、漆黒の髪の毛が垂直にかかっていた。

人の気配を感じ、それに敏感に反応して、女性はシャープな身振りを示した。振り返りざま、挑むような視線をたまたまそこにやってきただけの昌美に注ぎかけてきたのだった。

昌美は軽く息をのみ、ベビーカーのハンドルを握り締めた。

地味な人 [第10回]

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ペンシルバニアのレヴィットタウン
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 今しがた妻が見せた 険のある素振りにわだかまりを残していた夫は、病室を去る直前まで、一人で留守宅を守り職場での戦いに立ち向かっている自分へのねぎらいの言葉を期待していた。

 そのことがわかりすぎるほどわかっていながら、昌美は夫の望む晴れやかなムードを作り出せず、優しい言葉もかけられないまま、そっけなく見送ってしまった。

出産疲れと産後すぐにやってきた母親としての勤めが重荷に感じられていた彼女は、すっかり娘時代に帰っていたのだった。

神経に障る股の傷の痛みと元の大きさに戻ろうとする子宮の収縮からくる生理痛のような痛みとが、やり場のない気持ちをわずかにまぎらせはしたものの、彼女は悄然となった。

 我に返り、
「騒がしくして、すみませんでした」
 と声をかけると、隣人は身じろいだ。姿勢が自由にならない様子で、半分だけ振り返った。

 自分の子そっくりの長い顔に黄ばんだ肌色をした隣人は、
「構いませんよ」
 と答え、何か話したそうに間を置いた。そして、しめやかに話しかけてくる。

「ねえ、お母さん。病院で同じようにしてうまれてきたこの子たちは、外に出たら、それぞれの人生を歩むことになるんですよね。赤ちゃんを待ち受けている環境と運命は十人十色でしょうしね」

 昌美ははっとして、そうですね、と言葉を返した。隣人の言葉に潜んでいる冷厳な現実に打たれ、厳粛な気持ちにさせられていた。彼女はベッドを下り、子供が母親を慕うかのように隣人のベッドを訪れた。しばらく、隣人の側で一緒に赤ん坊を見ていた。


 Z…市A地区につくられたような新興住宅地の起源がアメリカに求められることは言うまでもない。

一九四七(昭和二十二)年にウィリアム・レヴィットがロングアイランドのジャガイモ畑を整備し、土地と家をセットにして売り出したのがその原型といえた。

レヴィットタウンをモデルとしてつくられた日本の新興住宅地が、レヴィットタウンのつくり出した生活様式及びその問題点を大なり小なり引き継いでしまうことはありえよう。

レヴィットタウンは差別問題をうみ、消費社会の環境に依存するアイデンティティの問題をうんだとされる。

地味な人 [第9回]

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 子宮口が開いてしまっても、赤ん坊を押し出すほどに陣痛が強くならなかったのは、豊がハンバーガーを食べさせてくれなかったせいかもしれなかった。

いわゆる微弱陣痛で、一向に強さを増さない単調な陣痛の波に幾度となく晒され、昌美は寒く、眠たく、疲れ果てていた。

「ああ、もうこんな時間。時間がかかりすぎる!」
 と助産婦の免許をもった看護師がつぶやき、分娩台の側を離れた。

 真夜中の分娩室で、昌美は看護師が陣痛促進剤の使用許可を求めて医師に電話する声を聴いた。もう一人、看護師が姿を見せ、分娩の支度にかかる。

陣痛促進剤の点滴が行われてほどなく、痛みの怒涛が押し寄せると、体の下のほうで何かがぱちんと弾けた。水風船のようにふくらんだ卵膜が破綻したのだった。あっけにとられた出産のクライマックスだった。

また最初の看護師と二人だけになった冷たい分娩室で、不自然な格好をとらされたまま、看護師が会陰裂傷を縫合し終えるのを待つ時間は永遠かと想われ、そうやって過ごす時間が長くなるほどに、自分と赤ん坊との間に深淵が口を開いていくような錯覚に襲われた。

裁縫が得意な昌美は、いっそ看護師の手から針をとり上げ、自分で縫ってしまいたいくらいだった。

 黄疸が強いためにちらりと姿を見せて貰っただけだった赤ん坊は、翌日の昼過ぎになってようやく、看護師に抱かれ、病室に戻っていた昌美の元へと連れてこられた。

彼女は赤ん坊から、脂肪と出来立てのパンの匂いが混じったような匂いを嗅いだ。透明感に彩られた、まどかな顔をしている。肌の色自体は浅黒い。大人びた端正な唇をしっかり結び、髪の生え際に早くも匂うような男の子らしさがあった。

会社をぬけ出してきた夫と二人で、しげしげと赤ん坊を眺めた。黄疸の治療を続けるために、再び赤ん坊を看護師が連れて行ってしまった。しかし、新生児黄疸はよくあることで、特に心配は要らないという。 

「男の子だったんだから、名前はやっぱりあれにする?」
 と、興奮が冷めやらぬ面持ちで夫が簡易椅子をベッドに近寄せ、顔を突きつけるようにして訊いてくる。

 すると、とっさに昌美は夫を邪険に押しのけてしまっていた。彼女は自分でも驚いて彼を見つめ、口ごもりながら弁解した。

「ごめんなさい。たった今まで……赤ん坊を見ていたせいね。あなたの顔が、怪物じみて大きく見えたの」

 それだけではなかった。赤ん坊の匂いに陶酔したあとでは、夫の煙草臭混じりの息がとりわけ嫌な臭いに感じられたのだった。豊は鼻白んだ。

 昌美は彼よりも同室の隣人を気にし、そちらへ目を走らせた。相当に年がいっているように見える隣人は、遠慮のためか、向こう向きにベッドに腰かけ、帝王切開でうんだという顔の長い小さな女の赤ん坊にお乳を含ませている様子だった。

「名前は、わたしはあれでいいと思う。そうあってほしいな」
 と、昌美はいつもの温和なまなざしになって言った。

 夫婦はあらかじめ、男女一つずつの名前を考えていた。もしも、実際に赤ん坊を見たときに、その場で別の名前がインスピレーションで浮かぶようなら、その名前にしようと話し合ってもいたのだった。

「俺もあれでいいと思うよ。じゃ、決定だな。友人に恵まれ、ゆとりのある人生を送ることができますように――との願いを籠めて――友裕(ともひろ)と」
 豊の言葉に昌美はうなずいた。

地味な人 [第8回]

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 Z…市に引っ越してきて、住まいの周辺にもいくらか慣れ、育児用品もほぼ買い揃っていた。夫の勤めるホームセンターから購入した商品も結構あった。注文を出せば、夫が見繕って買ってきてくれ、これには助かった。

 ベビーベッドを置くと、ひと部屋がほぼ潰れた。産婦人科は何軒か見つけたものの、どれもホテルのように華美な外観で、その雰囲気はこれから一個の躍動感に溢れる生命体をうみ落とそうとする昌美の生真面目でストイックな精神とは、どこかそぐわなかった。

いくらか遠かったが、転居前にかかりつけになっていた博多駅にほど近い公立病院で赤ん坊を出産することに決め、それで気持ちが落ち着いた。

 ただ、新興住宅地の便の悪さなのだろう、ピンクの分譲マンションの側にコンビニがあったものの、食品スーパーは遠く、総合スーパーとなると、さらに遠かった。

転勤してきたばかりで忙しく、休日には眠ってばかりいる夫をそっとしておこうと、昌美が車で総合スーパーまでまとめ買いに出かけたところ、夫に叱られた。いつ職場から電話がかかって呼び出されるかわからないから、常に車がある状態でなければ困るのだという。

その車は彼女が持ってきたものだったのだが。夫は結婚間際に自損事故を起こしていて、幸い怪我はなかったものの、自分の車をだめにしてしまっていたのだった。

そうなると、徒歩で片道半時間以上かかる道を、大きくなったおなかでとぼとぼと歩くしかなかった。

 陣痛は食品スーパーで始まった。昌美はショッピングカートのハンドルを、とっさにきつく握り締めた。果物コーナーに並ぶ苺の赤、グレープフルーツの黄からメロンの緑へと、視線を動かす。

おなかが突っ張ることはこの臨月に入ってからはよくあったので、その痛みが陣痛なのかどうかが判然とせず、休み休み家に帰った。

痛みがさらに強まり、次に起きるまでの間隔もさらに短くなっていったので、陣痛だろうと思いながら、痛みの合間に雑事をこなし、入院の用意を整えてから病院と夫に電話をかけた。

幸い、夫が職場をぬけ出して病院まで送ってくれることになった。公立病院へと向かう車のなかで、昌美は言った。

「春なのに、まだ寒いな。ちゃんと、うめるかしら?」
「ちゃんとうめるさ」
「幸せにしてあげることができるかしら?」
「できるさ」
 と豊は即答し、その付和雷同めいた不用意な反応に昌美は苛立った。この世は、そんなに単純なものだろうか。

 豊が突然仮面をとり、無思慮な人としての素顔を見せたかのような感じさえ抱いた。出産を控えてどこまでもナーバスになりかねない彼女は、このときこそ宝石のように緊密な、美しい答えがほしかったのだった。

それは必ずしも、言葉である必要はなかった。微かな気配だけでも充分だったのだ。昌美の強張った雰囲気が伝わったのか、彼は押し黙った。

昌美は車のなかから落ちて行く夕陽を眺め、そのまま陣痛の波をかぶった。波が去ったあと、今度はやわらかな声で口をきいた。

「ねえ、魂には赤ん坊も大人もなくて、皆大人なのね」
「何のことだい?」
「何でもないわ。ね、病院に行く前にドライブスルーに寄って、ハンバーガーを買わない? わたしはダブルバーガーでもいいわ。それと、シェイクね」
 と昌美が言うと、豊は呆れたような声を出した。

「何だって? おいおい昌美、こんなときにダブルバーガーを食おうって言うの? 神聖な出産の前だというのに、あれほど批判していた男のハンバーガーをぱくつこうなんて、節操のないことだな。腹、弾けるぞ!」

 豊は、昌美こそ無思慮と思ったようだった。まるで、仕返しのように。そして、ファーストフード店の前をスピードを上げて通過してしまった。

地味な人 [第7回]

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 夫の実家のことでも杞憂の種があった。それは元気で独り暮らしをしている義母のことではなく、都心でサラリーマンをしている義弟のことだった。彼が相当な額の借金を背負ってしまったのだった。

入社し立ての気の弱い義弟は上司にこき使われるままに残業をし、終電に乗り遅れてしまう。仕方なくワンルームマンションまでの長距離をタクシーで帰ったり、ホテルに泊まったりするうちに金銭が底をつき、カードローンの使用からサラ金に手を出してしまったのだった。

有名私大を出してやった挙句のていたらくに義母は呆れ、匙を投げてしまった。夫は可愛い弟を放っておけず、昌美も同意して、借金の半分を肩代わりしてやることにした。彼らの家計が逼迫しがちだったのには、このことも原因となっていた。

 妊娠中に昌美は不思議な体験を持った。それは自分の体を共有している別の魂の存在を意識せざるをえない体験だった。

 ある日、いつものように買い物に出る前に身なりを確認するつもりで、昌美は姿見の前に立った。形式的にそうしただけで、目は鏡の中の自分を大雑把にしか見ていなかった。妊娠月齢が進むにつれて大変になっていく日常生活に埋没し、全然お洒落ではなくなってしまっていたのだった。

そのとき、ふと彼女は、自分とは異なる別の視点、別の意識の存在を、あまりにも自分の身近に感じたように思った。

身近に――というより、いっそ重なっていると言ったほうがよいくらいだったが、彼女がその意識を自分のものと混同しなかったのは、それが自分のものとは相容れない異質な明晰さを備えていたからだった。

 彼女が後に、それをおなかのなかの赤ん坊と結びつけたのは、子供の意識がくっきりとした輪郭をとり始めたときで、明晰さの質があの意識と同じだったことによった。

その別の意識とは、垢ぬけていて雑多なもののない、幾何学にでも魅せられそうな意識なのだ。

赤ん坊はおなかのなかにいて肉体的にまどろんでいる一方では、魂は肉体形成の段階にある赤ん坊にまだ完全には同化していず、赤ん坊を包み込む高級な意識として自存していたのだろうか。

あるいは、過去世の人格が赤ん坊の新しい人格にオーバーラップしていたのだろうか。その別の意識は、地上生活でのかつての経験を働かせているように感じられた。

 そして、その別の意識は昌美に満足していず、もっと外観に気を配ればいいのに――という美意識的見地からの感想を抱いた風なのだ。思わず、彼女は顔を赤らめ、鏡の中のやつれて見える容姿に目を走らせた。

簡単にブラッシングしただけのヘアスタイル、荒れた肌、ごてごてしたデザインで配色も悪いマタニティードレスといったものが、決して醜くはない、母親ゆずりの温雅な彼女を、あまりにも安っぽく見せていた。

自分の肉体を共有する別の魂の存在を意識したのはそれきりだったが、このことは忘れがたい印象を残して、彼女は「うまれてくる子供は理系で、科学者になるんじゃないかしら」と秘かに思ったりした。

 このことを、神智学協会*1の会員の一人にでも話してみれば、それは神秘体験の一種だと興味を持たれ、その人は人間の七つの本質や大宇宙と小宇宙の相応、また誕生の秘密などについて話したがっただろう。

しかし、ブラヴァツキーの神智学のような神秘主義思想はキリスト教イルミナティ*2の影響を受けたマルキシズムの信奉者などから誹謗中傷され、その風潮が日本社会に持ち込まれて拡散したことから、神秘主義思想が生真面目で用心深い彼女の関心を惹くことはなった。

*1:神智学運動の母と言われるH・P・ブラヴァツキーが1875年にH・S・オルコットと共にニューヨークに設立した協会。

*2:1776年にパヴァリア(現ドイツ・バイエルン州)で出現した秘密結社。アダム・ヴァイスハウプトによって結成された。フリーメーソンの組織を侵食し、様々な革命運動に多大の影響を及ぼして、テロリズムの原理原則となった。「この組織は『私有財産や既成の国家と宗教の廃絶、世界統一政府、(原初の)黄金時代の復活』を説いた」「イルミナティの信奉者はその後、パリで急進的な政治傾向の『親友同盟』の主導権を握った。そこからイルミナティ派の『社会主義サークル』が派生する。彼らの規律は二十世紀の様々なテロの秘密結社の内部規律に取り込まれ、革命運動の組織に多大の影響を及ぼすことになる。カール・マルクスはこれを『共産主義思想を実現するための最初の革命的組織』と評した」(植田樹『ロシアを動かした秘密結社――フリーメーソンと革命家の系譜』彩流社、2014、p.37)。