地味な人 [第7回]

f:id:madame-nn:20161030184201j:plain

Free Images - Pixabay

 

 夫の実家のことでも杞憂の種があった。それは元気で独り暮らしをしている義母のことではなく、都心でサラリーマンをしている義弟のことだった。彼が相当な額の借金を背負ってしまったのだった。

入社し立ての気の弱い義弟は上司にこき使われるままに残業をし、終電に乗り遅れてしまう。仕方なくワンルームマンションまでの長距離をタクシーで帰ったり、ホテルに泊まったりするうちに金銭が底をつき、カードローンの使用からサラ金に手を出してしまったのだった。

有名私大を出してやった挙句のていたらくに義母は呆れ、匙を投げてしまった。夫は可愛い弟を放っておけず、昌美も同意して、借金の半分を肩代わりしてやることにした。彼らの家計が逼迫しがちだったのには、このことも原因となっていた。

 妊娠中に昌美は不思議な体験を持った。それは自分の体を共有している別の魂の存在を意識せざるをえない体験だった。

 ある日、いつものように買い物に出る前に身なりを確認するつもりで、昌美は姿見の前に立った。形式的にそうしただけで、目は鏡の中の自分を大雑把にしか見ていなかった。妊娠月齢が進むにつれて大変になっていく日常生活に埋没し、全然お洒落ではなくなってしまっていたのだった。

そのとき、ふと彼女は、自分とは異なる別の視点、別の意識の存在を、あまりにも自分の身近に感じたように思った。

身近に――というより、いっそ重なっていると言ったほうがよいくらいだったが、彼女がその意識を自分のものと混同しなかったのは、それが自分のものとは相容れない異質な明晰さを備えていたからだった。

 彼女が後に、それをおなかのなかの赤ん坊と結びつけたのは、子供の意識がくっきりとした輪郭をとり始めたときで、明晰さの質があの意識と同じだったことによった。

その別の意識とは、垢ぬけていて雑多なもののない、幾何学にでも魅せられそうな意識なのだ。

赤ん坊はおなかのなかにいて肉体的にまどろんでいる一方では、魂は肉体形成の段階にある赤ん坊にまだ完全には同化していず、赤ん坊を包み込む高級な意識として自存していたのだろうか。

あるいは、過去世の人格が赤ん坊の新しい人格にオーバーラップしていたのだろうか。その別の意識は、地上生活でのかつての経験を働かせているように感じられた。

 そして、その別の意識は昌美に満足していず、もっと外観に気を配ればいいのに――という美意識的見地からの感想を抱いた風なのだ。思わず、彼女は顔を赤らめ、鏡の中のやつれて見える容姿に目を走らせた。

簡単にブラッシングしただけのヘアスタイル、荒れた肌、ごてごてしたデザインで配色も悪いマタニティードレスといったものが、決して醜くはない、母親ゆずりの温雅な彼女を、あまりにも安っぽく見せていた。

自分の肉体を共有する別の魂の存在を意識したのはそれきりだったが、このことは忘れがたい印象を残して、彼女は「うまれてくる子供は理系で、科学者になるんじゃないかしら」と秘かに思ったりした。

 このことを、神智学協会*1の会員の一人にでも話してみれば、それは神秘体験の一種だと興味を持たれ、その人は人間の七つの本質や大宇宙と小宇宙の相応、また誕生の秘密などについて話したがっただろう。

しかし、ブラヴァツキーの神智学のような神秘主義思想はキリスト教イルミナティ*2の影響を受けたマルキシズムの信奉者などから誹謗中傷され、その風潮が日本社会に持ち込まれて拡散したことから、神秘主義思想が生真面目で用心深い彼女の関心を惹くことはなった。

*1:神智学運動の母と言われるH・P・ブラヴァツキーが1875年にH・S・オルコットと共にニューヨークに設立した協会。

*2:1776年にパヴァリア(現ドイツ・バイエルン州)で出現した秘密結社。アダム・ヴァイスハウプトによって結成された。フリーメーソンの組織を侵食し、様々な革命運動に多大の影響を及ぼして、テロリズムの原理原則となった。「この組織は『私有財産や既成の国家と宗教の廃絶、世界統一政府、(原初の)黄金時代の復活』を説いた」「イルミナティの信奉者はその後、パリで急進的な政治傾向の『親友同盟』の主導権を握った。そこからイルミナティ派の『社会主義サークル』が派生する。彼らの規律は二十世紀の様々なテロの秘密結社の内部規律に取り込まれ、革命運動の組織に多大の影響を及ぼすことになる。カール・マルクスはこれを『共産主義思想を実現するための最初の革命的組織』と評した」(植田樹『ロシアを動かした秘密結社――フリーメーソンと革命家の系譜』彩流社、2014、p.37)。

地味な人 [第6回]

f:id:madame-nn:20160917121632j:plain

Free Images - Pixabay

 

 昌美は佐賀県の農家に生まれた。

 物心つくころから、起床後の歯磨きと洗顔を済ませるとすぐに仏壇の前へ行き、ご先祖様に手を合わせた。その部屋にはご先祖様の写真がずらりと並んでいた。

 朴訥な祖父。腰の曲がった、何かに耐えているような――心が洗われるような光を宿していることもある――小さな目をした祖母。謹厳な、頼りがいのある父。農家には肉体的にも精神的にもそぐわない、感じやすい、病弱な母。合理的な思考の持ち主だが、母に似て強壮とは言いがたい兄。

 政府の減反政策で米作りが揮わなくなったので、父と兄が祖父とやり合ったすえ、家業を畜産業に転じた。実家は、子牛を購入して飼養し、肉牛として販売する肥育農家となったのだった。

 ああ牛たち!

 昌美は食品スーパーの精肉コーナーでトレーに小綺麗に収められた血色の肉片を見ると、気持ちの昂ぶりを覚えずにいられない。彼女の実家で飼われていた、茶色の毛並みをした、茶色い目の肉牛たちを連想してしまうからだ。

彼らが出荷の目的でトラックに乗せられるときに、どんなに哀しそうな鳴き声を出すのか、彼らをどんな運命が待ち受けているのか、彼女は知っていた。

トラックで畜産市場まで運ばれた牛は、競りにかけられた。落札された牛は屠畜場へと運ばれる。眉間にスタンガンを撃たれて失神した牛にピッシング*1が行われ、大動脈を切開されて、彼らは放血死を迎える。そして解体され、食肉に加工されるのだ。

 牛たちは実家にかなりの儲けをもたらしてくれたとはいえ、このような職業はそもそも信仰深い、清廉な家風には合わないのだった。

儲かれば儲かるほど、実家は牛供養に熱を入れるようになり、真っ先に母が参ってしまった。長靴を履いて牛の世話をしていた母は、牛を見送るごとに目を赤くしていた。持病を悪化させた母は、診察を受けるために出かけた病院で倒れた。

それは昌美が短大の国文科を卒業する間際のことで、三ヶ月重体が続いた母に付き添った彼女は、卒業式と就職をふいにしてしまった。昌美の献身的な介護は、三年後に母が亡くなるまで続いた。

 その後、昌美は家の者のすすめもあって、街のはずれにあるホームセンターでアルバイトをした。

上司として彼女に朗らかに接してくれた主任の豊は、彼女のアルバイト期間が過ぎ去るのを待ち、友人感覚でデートに誘った。物知りで、好奇心に満ちていて、気持ちのいい健啖家だった(痩せの大食いとも言えた)。

映画館や公園で、いつも何か食べながらふたりはデートをし、しめくくりに美味しい物を食べに行って別れるのが常だった。

 福岡県に豊が転勤になったのを契機としてふたりが婚約した数日後、まだ一家の大黒柱だった用心深い父が高速道路で五台の玉突き事故に遭い、九死に一生を得た。

怪我は回復したものの、事故の後遺症で記憶に欠落や錯綜が見られるようになった。婚約者の豊を自分の息子と混同したり、妻を亡くしたのがつい一月前のことのように言ったりした。

 結婚後もちょくちょく父の様子を見に帰ってくる昌美に、兄は父の話をした。父は障害を得てからも牛のことは自分の仕事と心得ていたのだが、そのことが厄介なのだと兄は言う。

仕事ぶりが危なっかしく、交渉事を任せたりは絶対にできないと妹に打ち明けた。兄は独身を通していて、相変わらず体は強くなかったし、祖父母も年だった。

 平成三年に、牛肉・オレンジの輸入自由化が始まったのを境に、牛市場の競争は激化するばかりだ。いつまで実家は牛でやっていけるのだろうと案じると、昌美は夜も眠れなかった。

*1:屠畜の際、牛の脚が動くのを防ぐために、失神させた牛の頭部からワイヤ状の器具を挿入して脊髄神経組織を破壊する作業。BSA対策として、EUでは2000年からピッシングを中止、日本でも中止に向けた取り組みが行われるようになった。

地味な人 [第5回]

f:id:madame-nn:20161026135034j:plain

Free Images - Pixabay

 

 綺麗な街に住むのも考えものらしい、と彼女は早くも悟る。

ゆとりのない家族を温かく迎えてくれるような、手頃な家賃のほどほどにちゃんとした賃貸マンションなどは、お金持ちの多そうなこんな街にはかえってないのだろう。学園都市と言われるぐらいだから、学生向きのワンルームマンションや下宿などは充実しているのかもしれないが。

つまり、ここも、庶民に暮らしやすい街ではないという点では、これまで住んできたところと同じなのだ……

 夫は昌美を降ろすと、車で一旦不動産屋まで鍵を借りに行った。その間、昌美は遠慮がちに駐車場の脇に佇んでいた。

建物の色は元々が灰色だったのか、ベージュだったのか、よくわからない。べたっとした緑色をしたドアが六つずつ。すえた臭いがした。

戻ってきた夫と四階まで上がった。エレベーターがないのはつらかった。通路の照明器具が割れていた。

四階からおなかをかばうようにそろそろと下りてきた彼女が疲れた身をシートに沈めるのを待ち、夫は助手席のドアを閉めてくれた。

 運転席に戻った彼は、
「契約を済ませてしまっても、構わない?」
 と、優しく訊いてくる。

 昌美は困ったように少し顔をしかめると、仕方なくうなずいた。

「うん、構わない。三部屋あるところは上等よ。でも、どの部屋も狭いし、押入れが黴臭くて、キッチン、浴室、トイレを見ると、ここが古いだけではなくて、雑なつくりだとわかるわ。小綺麗な住まいにする自信がないけれど、わたしだっていつまでも妊婦をやっているわけではないし、それにね」
 と、ちょっと憤ったようにつけ加えた。

「うまれてくる子供が大きくなれば、パートに出るつもりだし、そうしたら、また引っ越しをしたいな。あのピンクのマンションのようなのへは無理だとしても。でも、ここ、マンションなんて、嘘っぱちね。ただのアパートなんだもの」

 夫の豊は苦笑し、窓のところで温まり、柔らかくなってしまったガムを一枚、口に入れた。エンジンをかけて、
「あのピンクの分譲マンションの背後には大きな公園があって、公園の向こう側には大学附属の小学校と中学校なんかもあるんだよ」
 と、言う。

「わたしにも、ガムを一枚ちょうだい」
 と昌美は言った。

 車が橋を渡り終えたとき、彼女はシートに身を任せたまま感慨深げに言った。
「あのピンクのマンションのあたりからは、道路を挟んで斜め向かいにある、わたしたちのアパートは見えないのね」

 傷み老いたアパートは、まるで人目を忍ぶ定めを与えられたかのように、通りからは見えない、隠れたような場所にあるのだった。

地味な人 [第4回]

f:id:madame-nn:20161025132339j:plain

Free Images - Pixabay

 

 すでに安定期に入っていた昌美をミニカに乗せ、夫は自分ひとりで来たときに手付金も払ってきたというマンションの下見に連れ出した。インターチェンジが今いる家の近くなので、夫は高速を使った。次のランプが見えたとき、車は早くも出口のほうへカーブした。

 国道を走る車の窓から、右方向に神社を抱いた紅葉する丘、左方向に白亜のドームが見え、それに気をとられた昌美は名残惜しそうにしながら、次に赤十字病院、ゴルフセンター……と、目の端で捉えていた。郵便局から先はさすがにベッドタウンの呼び名にふさわしく、新しい家々が並んでいる。マンションも見える。

 昌美は思わず微笑した。その微笑した顔のまま、運転する夫のほうに顔をめぐらし、訊いた。
「それで、わたしたちのマンションはずっと遠くに?」

 夫の声がうわずる。
「あ、いや。それほどじゃないよ、すぐさ」

 川が見え出した。橋を渡ってほどなく、午後の光を浴びてひときわ輝く、シェルピンクと白を効果的に配したマンションが昌美の両眼に飛び込んできた。

「まあ、素敵なマンションね! ずいぶん、お高いことよね?」
 と我知らず、気どったような、妙な言葉遣いとなった彼女に夫は戦慄したかのようだった。

 夫は、諭すように言う。
「そりゃ高いさ。ここいらでああいうのは、分譲マンションに決まっているだろ。目ん玉が飛び出たら困るから、値段なんて俺は知りたくないね」

 昌美は、そうね、と静かな言葉を返し、そのまま分譲マンションの瀟洒な入り口に吸い込まれるように見入った。見入れるくらいに車のスピードが落ちたからで、車はそのまま三十メートルばかり先から右折し、入り込んで、とまってしまった。

 はっとして昌美が見ると、剝き出しのコンクリート塀の内側に車はとり込まれていて、白線も引いていないここはどうやら駐車場らしかった。

夫はエンジンを切りかねているらしく、微かな振動が彼女の体に伝わり、エンジン音が聴こえている。だが、車は動きはしないので、いやおうなしに、汚れ、老朽化した四階建てのビルを見ないわけにはいかなかった。

 昌美は怯え、ふと諦めた。考えてみれば、シェルピンクと白の、ああいった御殿のようなマンションに自分たちが住めるはずもないのだと思った。それに、ここだって、なかは見かけよりはいいのかもしれなかった。

家賃だって、これまでよりも一万五千円も高いのだが、何しろ、ビルなのだから――。

地味な人 [第3回]

f:id:madame-nn:20160407182042j:plain

Free Images - Pixabay

 

 一心に夫の話に耳を傾けていた昌美は、日本人をハンバーガーで金髪に――のくだりで、ぞっとさせられた。

「じゃあ、玩具でもっと根本的に、日本人の子供たちの心のなかから改造するつもりなんじゃないの? どうして、日本人をアメリカ人にしてしまいたがるのかしら。その実業家は日本人なんでしょう? そんなことが何気ない消費という次元から進行しているなんて、怖いわ」

 夫は、耳をそばだてる気配を示して、言った。
「昌美が言うと、オカルトじみるよな」

 次いで、失笑しながら妻に講義してみせるのだった。
藤田田アプレゲールと呼ばれた、大正うまれの人間でね。アプレゲールというのは、戦後派を意味するフランス語らしいよ。対義語はアヴァンゲールさ。第二次大戦で古来の価値観が崩壊した後の日本に無軌道な若者たちが出現して、彼らによる犯罪が多発した。それがアプレゲール犯罪と呼ばれたんだ。伝統的な価値観や因習に囚われないアプレの中に、極端なアメリカかぶれがいたとしても、別に不思議ではないのさ。戦後の混乱期を経て、これだけの巨大な産業を興すには、一般的な感覚の持ち主にはできないことだろうよ。昌美だって、ハンバーガーが好きなくせに」

 東京オリンピックが開催された年に生まれた夫はアメリカが好きだ。マッチョなヒーローが出てくる映画がお気に入りだった。

「アプレの彼が口火を切ってくれたディスカウント・ストアの出店競争がこちらにも引火してきたらしく、トイザらスの近くに、嫌なことにはディスカウント型のホームセンターもできるんだよな。そいつはうちの店のよい対抗店になってくれるだろうよ。本音を言えば、九州が本拠地の、サービスを売り物にする従来型ホームセンターのこちとらは、パニックさ。うちはアプレの中では、伝統を守ろうとするアヴァン派ということになるな」

 妻は、彼女なりの解釈の仕方をして、口を挟んだ。そうすることで、夫の仕事に理解があることを示したかったのだった。
「アプレの中での、急進派と保守派の殴り合いということになるのね?」

 すると、夫は瞳を輝かせた。
「殴り合いだって? いや、戦争だよ。いよいよ本格的な戦国時代の到来というわけだ。社長は今年中に十店増やして、百店舗にする計画らしい。いいかい、潰すか、潰されるかなんだ、それに」
 と、彼はつけ足した。

「主任から店長代理に昇格するのはいいけれど、これで一応管理職ということになるから、これからはいくら長時間働いたところで、時間外手当はつかないってことを言っておかなくちゃ。おまけに、中小企業の哀しさで、代理になったところで、それに対する手当ときたら、スズメの涙だものなあ。手どりにして、給料は三万円くらい減ると思う」

 玩具のディスカウント・ストアの話と給料のことは新生活への期待に水を差すものだったので、昌美は膨らみかけたおなかに右手を当て、じっと考えるふうにした。

それから、マッシュルームカットにした毛先の軽い頭髪を揺らして顔を上げると、切れ長の目でほのぼのと夫の豊を見つめ、囁いた。
「今度は、マンションを探しましょうよ……」