地味な人 [第6回]

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 昌美は佐賀県の農家に生まれた。

 物心つくころから、起床後の歯磨きと洗顔を済ませるとすぐに仏壇の前へ行き、ご先祖様に手を合わせた。その部屋にはご先祖様の写真がずらりと並んでいた。

 朴訥な祖父。腰の曲がった、何かに耐えているような――心が洗われるような光を宿していることもある――小さな目をした祖母。謹厳な、頼りがいのある父。農家には肉体的にも精神的にもそぐわない、感じやすい、病弱な母。合理的な思考の持ち主だが、母に似て強壮とは言いがたい兄。

 政府の減反政策で米作りが揮わなくなったので、父と兄が祖父とやり合ったすえ、家業を畜産業に転じた。実家は、子牛を購入して飼養し、肉牛として販売する肥育農家となったのだった。

 ああ牛たち!

 昌美は食品スーパーの精肉コーナーでトレーに小綺麗に収められた血色の肉片を見ると、気持ちの昂ぶりを覚えずにいられない。彼女の実家で飼われていた、茶色の毛並みをした、茶色い目の肉牛たちを連想してしまうからだ。

彼らが出荷の目的でトラックに乗せられるときに、どんなに哀しそうな鳴き声を出すのか、彼らをどんな運命が待ち受けているのか、彼女は知っていた。

トラックで畜産市場まで運ばれた牛は、競りにかけられた。落札された牛は屠畜場へと運ばれる。眉間にスタンガンを撃たれて失神した牛にピッシング*1が行われ、大動脈を切開されて、彼らは放血死を迎える。そして解体され、食肉に加工されるのだ。

 牛たちは実家にかなりの儲けをもたらしてくれたとはいえ、このような職業はそもそも信仰深い、清廉な家風には合わないのだった。

儲かれば儲かるほど、実家は牛供養に熱を入れるようになり、真っ先に母が参ってしまった。長靴を履いて牛の世話をしていた母は、牛を見送るごとに目を赤くしていた。持病を悪化させた母は、診察を受けるために出かけた病院で倒れた。

それは昌美が短大の国文科を卒業する間際のことで、三ヶ月重体が続いた母に付き添った彼女は、卒業式と就職をふいにしてしまった。昌美の献身的な介護は、三年後に母が亡くなるまで続いた。

 その後、昌美は家の者のすすめもあって、街のはずれにあるホームセンターでアルバイトをした。

上司として彼女に朗らかに接してくれた主任の豊は、彼女のアルバイト期間が過ぎ去るのを待ち、友人感覚でデートに誘った。物知りで、好奇心に満ちていて、気持ちのいい健啖家だった(痩せの大食いとも言えた)。

映画館や公園で、いつも何か食べながらふたりはデートをし、しめくくりに美味しい物を食べに行って別れるのが常だった。

 福岡県に豊が転勤になったのを契機としてふたりが婚約した数日後、まだ一家の大黒柱だった用心深い父が高速道路で五台の玉突き事故に遭い、九死に一生を得た。

怪我は回復したものの、事故の後遺症で記憶に欠落や錯綜が見られるようになった。婚約者の豊を自分の息子と混同したり、妻を亡くしたのがつい一月前のことのように言ったりした。

 結婚後もちょくちょく父の様子を見に帰ってくる昌美に、兄は父の話をした。父は障害を得てからも牛のことは自分の仕事と心得ていたのだが、そのことが厄介なのだと兄は言う。

仕事ぶりが危なっかしく、交渉事を任せたりは絶対にできないと妹に打ち明けた。兄は独身を通していて、相変わらず体は強くなかったし、祖父母も年だった。

 平成三年に、牛肉・オレンジの輸入自由化が始まったのを境に、牛市場の競争は激化するばかりだ。いつまで実家は牛でやっていけるのだろうと案じると、昌美は夜も眠れなかった。

*1:屠畜の際、牛の脚が動くのを防ぐために、失神させた牛の頭部からワイヤ状の器具を挿入して脊髄神経組織を破壊する作業。BSA対策として、EUでは2000年からピッシングを中止、日本でも中止に向けた取り組みが行われるようになった。

地味な人 [第5回]

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 綺麗な街に住むのも考えものらしい、と彼女は早くも悟る。

ゆとりのない家族を温かく迎えてくれるような、手頃な家賃のほどほどにちゃんとした賃貸マンションなどは、お金持ちの多そうなこんな街にはかえってないのだろう。学園都市と言われるぐらいだから、学生向きのワンルームマンションや下宿などは充実しているのかもしれないが。

つまり、ここも、庶民に暮らしやすい街ではないという点では、これまで住んできたところと同じなのだ……

 夫は昌美を降ろすと、車で一旦不動産屋まで鍵を借りに行った。その間、昌美は遠慮がちに駐車場の脇に佇んでいた。

建物の色は元々が灰色だったのか、ベージュだったのか、よくわからない。べたっとした緑色をしたドアが六つずつ。すえた臭いがした。

戻ってきた夫と四階まで上がった。エレベーターがないのはつらかった。通路の照明器具が割れていた。

四階からおなかをかばうようにそろそろと下りてきた彼女が疲れた身をシートに沈めるのを待ち、夫は助手席のドアを閉めてくれた。

 運転席に戻った彼は、
「契約を済ませてしまっても、構わない?」
 と、優しく訊いてくる。

 昌美は困ったように少し顔をしかめると、仕方なくうなずいた。

「うん、構わない。三部屋あるところは上等よ。でも、どの部屋も狭いし、押入れが黴臭くて、キッチン、浴室、トイレを見ると、ここが古いだけではなくて、雑なつくりだとわかるわ。小綺麗な住まいにする自信がないけれど、わたしだっていつまでも妊婦をやっているわけではないし、それにね」
 と、ちょっと憤ったようにつけ加えた。

「うまれてくる子供が大きくなれば、パートに出るつもりだし、そうしたら、また引っ越しをしたいな。あのピンクのマンションのようなのへは無理だとしても。でも、ここ、マンションなんて、嘘っぱちね。ただのアパートなんだもの」

 夫の豊は苦笑し、窓のところで温まり、柔らかくなってしまったガムを一枚、口に入れた。エンジンをかけて、
「あのピンクの分譲マンションの背後には大きな公園があって、公園の向こう側には大学附属の小学校と中学校なんかもあるんだよ」
 と、言う。

「わたしにも、ガムを一枚ちょうだい」
 と昌美は言った。

 車が橋を渡り終えたとき、彼女はシートに身を任せたまま感慨深げに言った。
「あのピンクのマンションのあたりからは、道路を挟んで斜め向かいにある、わたしたちのアパートは見えないのね」

 傷み老いたアパートは、まるで人目を忍ぶ定めを与えられたかのように、通りからは見えない、隠れたような場所にあるのだった。

地味な人 [第4回]

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 すでに安定期に入っていた昌美をミニカに乗せ、夫は自分ひとりで来たときに手付金も払ってきたというマンションの下見に連れ出した。インターチェンジが今いる家の近くなので、夫は高速を使った。次のランプが見えたとき、車は早くも出口のほうへカーブした。

 国道を走る車の窓から、右方向に神社を抱いた紅葉する丘、左方向に白亜のドームが見え、それに気をとられた昌美は名残惜しそうにしながら、次に赤十字病院、ゴルフセンター……と、目の端で捉えていた。郵便局から先はさすがにベッドタウンの呼び名にふさわしく、新しい家々が並んでいる。マンションも見える。

 昌美は思わず微笑した。その微笑した顔のまま、運転する夫のほうに顔をめぐらし、訊いた。
「それで、わたしたちのマンションはずっと遠くに?」

 夫の声がうわずる。
「あ、いや。それほどじゃないよ、すぐさ」

 川が見え出した。橋を渡ってほどなく、午後の光を浴びてひときわ輝く、シェルピンクと白を効果的に配したマンションが昌美の両眼に飛び込んできた。

「まあ、素敵なマンションね! ずいぶん、お高いことよね?」
 と我知らず、気どったような、妙な言葉遣いとなった彼女に夫は戦慄したかのようだった。

 夫は、諭すように言う。
「そりゃ高いさ。ここいらでああいうのは、分譲マンションに決まっているだろ。目ん玉が飛び出たら困るから、値段なんて俺は知りたくないね」

 昌美は、そうね、と静かな言葉を返し、そのまま分譲マンションの瀟洒な入り口に吸い込まれるように見入った。見入れるくらいに車のスピードが落ちたからで、車はそのまま三十メートルばかり先から右折し、入り込んで、とまってしまった。

 はっとして昌美が見ると、剝き出しのコンクリート塀の内側に車はとり込まれていて、白線も引いていないここはどうやら駐車場らしかった。

夫はエンジンを切りかねているらしく、微かな振動が彼女の体に伝わり、エンジン音が聴こえている。だが、車は動きはしないので、いやおうなしに、汚れ、老朽化した四階建てのビルを見ないわけにはいかなかった。

 昌美は怯え、ふと諦めた。考えてみれば、シェルピンクと白の、ああいった御殿のようなマンションに自分たちが住めるはずもないのだと思った。それに、ここだって、なかは見かけよりはいいのかもしれなかった。

家賃だって、これまでよりも一万五千円も高いのだが、何しろ、ビルなのだから――。

地味な人 [第3回]

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 一心に夫の話に耳を傾けていた昌美は、日本人をハンバーガーで金髪に――のくだりで、ぞっとさせられた。

「じゃあ、玩具でもっと根本的に、日本人の子供たちの心のなかから改造するつもりなんじゃないの? どうして、日本人をアメリカ人にしてしまいたがるのかしら。その実業家は日本人なんでしょう? そんなことが何気ない消費という次元から進行しているなんて、怖いわ」

 夫は、耳をそばだてる気配を示して、言った。
「昌美が言うと、オカルトじみるよな」

 次いで、失笑しながら妻に講義してみせるのだった。
藤田田アプレゲールと呼ばれた、大正うまれの人間でね。アプレゲールというのは、戦後派を意味するフランス語らしいよ。対義語はアヴァンゲールさ。第二次大戦で古来の価値観が崩壊した後の日本に無軌道な若者たちが出現して、彼らによる犯罪が多発した。それがアプレゲール犯罪と呼ばれたんだ。伝統的な価値観や因習に囚われないアプレの中に、極端なアメリカかぶれがいたとしても、別に不思議ではないのさ。戦後の混乱期を経て、これだけの巨大な産業を興すには、一般的な感覚の持ち主にはできないことだろうよ。昌美だって、ハンバーガーが好きなくせに」

 東京オリンピックが開催された年に生まれた夫はアメリカが好きだ。マッチョなヒーローが出てくる映画がお気に入りだった。

「アプレの彼が口火を切ってくれたディスカウント・ストアの出店競争がこちらにも引火してきたらしく、トイザらスの近くに、嫌なことにはディスカウント型のホームセンターもできるんだよな。そいつはうちの店のよい対抗店になってくれるだろうよ。本音を言えば、九州が本拠地の、サービスを売り物にする従来型ホームセンターのこちとらは、パニックさ。うちはアプレの中では、伝統を守ろうとするアヴァン派ということになるな」

 妻は、彼女なりの解釈の仕方をして、口を挟んだ。そうすることで、夫の仕事に理解があることを示したかったのだった。
「アプレの中での、急進派と保守派の殴り合いということになるのね?」

 すると、夫は瞳を輝かせた。
「殴り合いだって? いや、戦争だよ。いよいよ本格的な戦国時代の到来というわけだ。社長は今年中に十店増やして、百店舗にする計画らしい。いいかい、潰すか、潰されるかなんだ、それに」
 と、彼はつけ足した。

「主任から店長代理に昇格するのはいいけれど、これで一応管理職ということになるから、これからはいくら長時間働いたところで、時間外手当はつかないってことを言っておかなくちゃ。おまけに、中小企業の哀しさで、代理になったところで、それに対する手当ときたら、スズメの涙だものなあ。手どりにして、給料は三万円くらい減ると思う」

 玩具のディスカウント・ストアの話と給料のことは新生活への期待に水を差すものだったので、昌美は膨らみかけたおなかに右手を当て、じっと考えるふうにした。

それから、マッシュルームカットにした毛先の軽い頭髪を揺らして顔を上げると、切れ長の目でほのぼのと夫の豊を見つめ、囁いた。
「今度は、マンションを探しましょうよ……」

地味な人 [第2回]

 

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 ホームセンター勤務の夫に人事異動の内示があり、彼がZ…市A…地区への転居の必要を妻の昌美に説いたとき、彼女は妊娠中の身で、どうにか悪阻の時期をやり過ごしたところだった。

こんなときの引っ越しなど考えたくもないくらいだったが、煙草の吸いすぎからか色の悪い夫の唇の間からZ…市という転勤先の名がつぶやかれると、彼女は素直に喜んだ。

 久保夫妻が新婚時代を過ごしてきた福岡市近郊の農村だったと思しきこの地は、およそ街と呼べるだけの纏まりを形成してはいず、住むには半端な、何の美観も望めない、高度を上げるか下げるかして頭上を通り過ぎる飛行機の音がやたらと喧しい、目下、交通の要衝としての役割を果たしているだけといった土地柄だった。

国道を挟んで田畑がまばらに残っており、工場などがあった。道路の片側沿いに銀行、個人経営のコンビニ、クリーニング店、パン屋、八百屋が、反対側に精肉店、米屋、小さな食品スーパー、内科医院があった。郵便局はずっと離れた場所にあって、産婦人科となると、影も形も見えなかった。

他人に訊いて見つかった産婦人科医院はもっぱら堕胎専門で水子霊がひしめいているという噂だったため、昌美は自宅のある郡部から博多駅にほど近い公立病院を目指して半時間、バスに揺られることとなった。

 久保夫妻の住居は、一つの長屋を四つに切り分けて並べたような貧弱なつくりで、奥に位置する彼らの小さな家は崖下にあり、崖の上にはお寺があった。西日しか射し込まず、梅雨時になるとムカデが出た。

雨で家の中が湿気ると、汲みとり式の便所の臭気が甚だしく、そんなとき、昌美は何とはなしに泣きたくなるのだった。マンションが彼女のあこがれの住まいといえた。

 この地に開発の手が伸びるのは時間の問題と思われたが、そうなれば、ここはさらに人間が住みづらい地になるのかもしれず、春にはうまれてくる子供が小学生になれば、交通量の凄まじい道路を横断して――田圃の中にある――小学校に通うことになるのはほぼ確実だった。

その頃にはせめて歩道橋ができていればいいけれど、と昌美は消極的な、それゆえにせつない望みを抱かずにいられなかった。

 こうしたことを総合して考えてみると、この地に執着すべきことは何もなかった。妊娠下での移転という肉体的な不安要因はあるにしても、新しい環境への期待が芽ぐむ。

 だから、福岡市のベッドタウンとしてひらけたZ…市が近年、大学を中心とした学園都市としての風格を見せ始め、教育施設の整ったそこへわざわざ引っ越してくる人々も多いと夫に聞かされたときには、昌美の期待感は一気に膨らんで、ぱちんと弾けそうになった。

マンション住まいと並ぶ彼女のもう一つのあこがれは良質の大学教育で、うまれてくる子供にそれを受けさせられれば、もう言うことはないと思う。彼女は短大出身だったし、夫の豊は名もない大学の出身だった。自分自身に対する偏見かもしれなかったが、彼女には自分が三流の人間に思えた。

 博多駅まで快速列車で二十分というのだから、ますます悪くない話だった。

「あそこは綺麗な街だよ、少なくともここよりはね」
 と、夫は言う。

「今度、Z…市のはずれにトイザらスという名のアメリカの玩具屋ができるよ。玩具のディスカウント・ストアなんだけど、正確に言うとね、日本にアメリカのハンバーガーをもってきたことで有名な実業家、藤田田(ふじた でん)がハンバーガーのときと同じやりかたでアメリカの玩具専門チェーン、トイザらスと合弁契約を結び、平成元年に日本トイザらスを設立したんだ。Z…市にできるのは、それのチェーン店の一つというわけ。ユダヤ商法を身につけた藤田の戦略は、通産省の大型店舗規制の意向を翻させたと言われているよ。彼は、日本人をハンバーガーで金髪に改造するってさ」