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地味な人 [第16回]

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 五日後、川野辺家に招かれた久保夫妻は酔っ払って自宅に戻ってきた。

いとまを告げる前から泣き出していた友裕は、疲れと興奮のためにいつまでも泣きやまない。その声は、贅沢な空間を抱いた快適なピンクの分譲マンションからすれば、物置かと思えるような古い狭いマンションの一室に大きく響きわたるのだった。

離乳のすすんでいないせいで、まだ果物のような匂いのする友裕の口のはたに昌美は酒臭いキッスをした。何かものわびしく、もの哀しかった。

夫の豊は、風呂に入ると言いながら、毛布を引っ張り出して寝てしまっていた。

 泣きやんだ友裕を昌美は下ろそうとして、子供の布団に侵入してきている夫の酒気をおびて掌が赤らんだ大きな重い腕を、子供を抱えていないほうの手で持ちあげ、力を振り絞って向こうへ放った。

あの嫌味な夫婦に単純に追従した夫の腕を、世界の果てまでも放ってしまいたかった。

すると夫は「ん」と言って寝返りを打ち、うまい具合に向こうへ転がった。この頃にはベビーベッドは片づけ、一家は川の字になって寝ていたのだった。

 昌美がキッチンへ行きかけたとき、またもや夫が、今度は体ごと子供の布団に転がってくるのを見た。やわらかな友裕の体に彼の手がのっかる。

彼女はあたかも歩兵であるかのようにすばやく駆け寄ると、その手を息子から払いのけ、ため息を一つ残してキッチンへ行った。

 昌美はタッパーウェアを洗い始めた。ポリエチレン製の容器に染みついた食物の匂いを洗い落しておきたかった。

それにしても――と、彼女は思う。この中身は結局のところ、捨てられてしまったに違いない。

昌美はこれまで、体育の授業で創作ダンスを踊っているときのフォームの美しさや球技のときの敏捷さを褒められたことがあった以外は、もっぱら料理の腕を褒められた。母から、友人から、夫の同僚からも。

昌美が料理をすると、食材が生き返るようだった。それは彼女が野菜の形や色に感嘆したり、魚や家畜たちの無念さを感じたりすることと無関係ではなかった。盛りつけも、見るからに清潔そうで綺麗だった。

 今は洗いあがったタッパーウェアだったが、昌美は時計の針が午後七時十五分を指すのに合わせて筑前煮を詰めたのだった。酒の肴にでもなるかと思いこしらえたのだったが、どんなに美しく詰めたつもりでも、手料理が他人の目に不味く不潔に見えたところで不思議ではない。

嫌がられる可能性も考え、彼女は昼間友裕を連れてバスに乗り、花と果物を買ってきた。夫には、キリンの一番搾りを買てきてくれるように頼んだ。

それらの手土産と共に、一家は約束した午後七時三十分にピンクのマンションのエントランスに立っていた。

 上にあがって挨拶だけ交わし、夫は車に載せてきた注文されたチャイルドシートの取りつけかたを皓子に教えるために、彼女と連れ立って下へ降りて行った。

皓子に案内されたリビングのドアに近いところに、昌美は身の置きどころのない思いで、友裕を抱いたまま立っていた。

皓子の夫、川野辺秀治は客の存在など気にかけていないかのようで、リビングに置かれたキャメルのレザーソファに半ば寝そべるように座り、テレビを観ながら何かアルコールを飲んでいた。

チューリップのように縁がすぼまった、脚つきのグラスを手にしているところを見ると、ワインだろうか。

 秀治はのんびりと声をかけてきた。
「お子さんを、そこへ下ろしたら?」

 ソファとテレビのあいだの広い床に、このあいだ来たときはなかった、モスグリーンのラグが敷かれている。

「ええ。でも、何だか汚してしまいそう……」
「構いませんよ。たった今まで、そこで晶のやつが遊んでいたんですから」

 それは、ラグに置かれた二つの玩具を見ればわかった。一目見ただけで、それらが遠いところから直に運ばれて来た商品だとわかる。正式な一員と認められた、歴とした川野辺家の玩具なのだ。

あとで聞かされたところでは、いずれも皓子の母親がパリから買ってきたものだという。

一つは、頭と四つの輪にした胴体のパーツでできたミツバチのマスコットだった。もう一つは「ノアの箱舟」という玩具で、ぬいぐるみのノア夫婦と動物たちが箱舟の形をしたバッグとセットになっていた。

 昌美は恐る恐るラグに友裕を下ろしてみた。秀治とでは、言葉が続かない。しかし、二人のあいだでそのことを気にしているのは昌美一人のようだった。

秀治には、妻の皓子に似た鋭さ――油断のなさ、いや、ぬけ目のなさといったほうがいいかもしれない――があり、他人を見るときの目に、どこか相手を嘲笑うような色合いがあった。それが、昌美をくつろいだ気分から遠ざけるのだった。

育ちのよい人たちにはあまり見えない彼らには、地方から都会に移植された人間に特有の人工臭があって、都会人とはこういう種類の人々をいうのだろうか、と昌美はぼんやり考えていた。

尤も、容貌だけとってみれば、秀治にはむしろ温和さに結びつくような特徴のほうが勝っていた。色白で、ふっくらとした顎に、ぽってりとした紅い唇。眉は夫婦揃って濃い。そろそろ中年太りの始まった体は頑丈そうで、何かスポーツをやっていそうだった。まるい目に似合わない鋭い眼光。頭のよい人々というのは、このような目をしているものなのだろうか。

「あの、晶くんは」
「ああ、眠っているんですよ」

 また会話が途切れた。

地味な人 [第15回]

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 虚をつかれた昌美は一瞬、夫がアメリカに転勤になってしまうのかと思ってしまった。すぐに、そんなはずがないと思い直した。

「視察旅行に行きたいんだ。三月くらい先になると思う。同僚の多くが既に行ったんだよ。俺も行かなくちゃ。今の会社でこれからもやっていこうと思うなら、向こうのホームセンターを見ておくことは絶対に必要なんだ。昌美。行ってもいい?」

 最後のほうはあまい囁きとなった夫の声に、昌美はむしろ酔いから覚めた人のようになって、いくらか冷ややかに口を開いた。

「それは、そうよね。日本のチェーン・ストアがアメリカのそれに右へ倣えだってことくらいは、わたしにだってわかっているわ。あなたは、行かなくちゃ。それでなくとも、アメリカが大好きなんだし、行かせてあげたくないわけがない。でも、うちは今お金が……ただで行けるわけではないんでしょう、会社から出るぶんがあるにしても」

 妻の懸念を心得ているらしい夫は、アーモンドチョコを妻にすすめた。そして、昌美がチョコレートの銀紙をむくのに合わせるように、できるだけ穏やかに説得の言葉を並べた。

「小遣いを減らしてくれて構わないよ。それ以外にも倹約をする、約束するから」

 昌美はその言葉に安心したらしく、彼をちらと見、優しくうなずいてみせた。豊は妻の許可を得て、嬉しそうに息を大きく吸い込むと、目を輝かせた。

渥美俊一という日本のチェーン・ストアの理論的指導者がいてね。彼は一九六二年にチェーン・ストア経営研究団体ペガサスクラブを設立した。設立当初のペガサスクラブの主なメンバーは、ダイエー中内功、イトーヨーカ堂伊藤雅俊ジャスコ岡田卓也、マイカルの西端行雄・岡本常男、ヨークベニマルの大高善兵衛、ユニー西川俊男イズミヤの和田満治などで、錚錚たる顔ぶれだよ。渥美はアメリカの本格的なチェーン・ストア経営システムを日本に紹介し、流通革命・流通近代化の理論的指導者となったんだ。彼は経済民主主義を唱え、流通業の役割とは経済民主主義を達成することだと言った*1

「え、ケイザイ何ですって?」

「ケイザイミンシュシュギ。富める者も貧しい者もほしいものは手に入る社会を築こう、という精神のことをいうのさ。国民のすべてがほしいものは手に入る社会を、という意味。それには物価を下げればいいという理論なんだよ。どう、なるほどと思わせる考えかただろう? この俺は、会社の連中と共に経済民主主義を具現しようとがんばっているわけさ」

 昌美は夫の言葉に感心するどころか、変な顔になった。そんな思わしくない妻の反応に、豊はさらに雄弁になるのだった。

「実は、この理論は、ドイツ・ワイマール期の社会民主党労働組合運動の理論でね。フリッツ・ナフタリが一九二八年に『経済民主主義』と題してまとめたものなんだ*2。ところで、マス・マーチャンダイジングという流通業界の用語があるんだけれど、これが経済民主主義を達成するための手段となるものだ。うちの社長がむやみに店舗を増やし続けているように見えるのも、マス・マーチャンダイジングなのであって、標準化された店舗を200以上に増やすことでマスの特別なごりやく(経済的効果)が出るとされているからなのさ」

 しばらく微妙な表情で黙っていた昌美は、考え考え言った。

「きっと、本当は複雑な内容をもつ理論なんでしょうけれど、そう簡単に言われてしまうと、何にも言えなくなるわ。わたしは経済のことも商業のことも、何もわからないんだもの。ただ、その理論が物質主義をもとにしているということだけは、わたしにもわかる。ねえ、アメリカは貧富の差が激しいんでしょう? お金による階級が厳然として存在しているということも、聞くわ。商業の領域のことは、わたしたちの生活にじかに影響してくるんじゃない? アメリカがうんだシステム――相当に昔のドイツの労働組合の理論もそうだけれど――無批判に受け容れていいのかな、と思ってしまう。そのあたりのところもよく見てきて、わたしに教えてね」

 夫は、自分の妻はなかなかの学者だと微笑ましく思ったようだった。その一方、少し頭の弱い人間ほど、このように丹念で生真面目な考え方をするものだと思ったようでもあった。

 彼は陽気に言う。
「何でも見てきてあげるよ。そして、土産にはビーフジャーキーを買ってこようか? むこうには、こちらのちんけなのとは違って、肉の厚い、一袋にたっぷりと入っているやつが安くてあるらしいんだ。そいつを肴に、昌美も一緒に『一番搾り』をのもうよ」

 根はどちらも楽天的な夫婦は、その言葉ですっかり盛りあがってしまって、アーモンドチョコをきっかり半分ずつ食べた。それから、仲良く手をとり合い、寝に行ったのだった。 

*1:ウィキペディアの執筆者. “渥美俊一”. ウィキペディア日本語版. 2016-09-11. https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%B8%A5%E7%BE%8E%E4%BF%8A%E4%B8%80&oldid=61114514, (参照 2016-09-11).

*2:「フリッツ・ナフタリの『経済民主主義』(1928年)は,ドイツ・ワイマル期の社会民主党労働組合運動の理論と経験の中から生まれた。その後,ナチズムの時代には歴史の舞台から抹消されたかに見えたが,しかし第2次大戦後には,当初,旧西ドイツのモンタン産業において成立した被用者の同権的共同決定制度が,いまやドイツ資本主義の発展とともに労働者の経営参加及び超経営的参加として企業のなかに定着するとともに,ナフタリの『経済民主主義』は,労働者の同権的参加思想の源流と見なされ,この分野における「古典」(オットー・ブレンナー)としての評価が与えられてきた」(山田高生「カール・レギーンと経済民主主義の生成」成城大學經濟研究 159, 133-146, 2003-01-20 < http://ci.nii.ac.jp/naid/110004028031 > 2016/11/12アクセス)

地味な人 [第14回]

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「エントランスには応接セットがあって、待ち合わせていたのか、休憩していたのか、セールスマンふうの人がソファにいたわ。その向こうにはカウンターがあって、管理人さんがいるの。ドアはオートロック式になっていてね、あれがどういう仕組みになっているのかを初めて知ったなあ。わたしが皓子さんを訪ねるときにはエントランスでオートロックの鍵の横についているボタンを押すわけ。そうすると、家のなかのインターホーンに通じて、相手が誰かを確認した皓子さんがインターホーンについているボタンを押せば、ドアが開くのよ」

  夫は、妻がこのようなとりとめのない話しかたをするのを初めて聞いた気がして違和感を覚えたが、新しい友人が自分の勤める店からチャイルドシートを購入したがっているという話になると、表情をやわらげた。

皓子は購入するだけでなく、正しいチャイルドシートのとりつけかたを教わりたいという。

 実は皓子には憂いがあり、それは商社マンの夫に急にサウジアラビアに転勤命令が下ったことだった。ついては、昌美と家族ぐるみで懇意になれればどんなにありがたいか、と彼女は言うのだった。

サウジアラビアについて行くことも考えたが、子供とふたりで残ることにし、が、それはとても心細いことだという。

 それを告げる皓子は、昌美の目に思わずホロリとなるほど、しおらしく映った。

皓子の夫も心配している。それで、チャイルドシートのつけかたを教えて貰えたら、そのお礼及びお近づきのしるしに久保一家を夕食に招待したいのだという。

 思いがけない話の流れに、夫も興奮し出した。

 自ら選択した職業とはいえ、就職を境に――否、大学入学を境にというべきかもしれない――、これまで意識せずにぬくぬくと生きてきた社会のなかのある階層から蹴落とされたのを豊ははっきりと感じていた。

それが、両親の庇護から離れて巣立つということなのだろう。蹴落とされて押し込まれたそこは、これまでいたところより明らかに見劣りがするものだった。

 そのことをはっきりと思い知らされたのは、健康保険証(被保険者証)を手にしたときだった。

父親とは同じ転勤族になったが、父親がまだ健在だったころに見慣れていた保険証とは色も種類も違っていたのだ。

保険証に、社会の階層が映し出されていたとは!

保険証にはランク分けがあって、さまざまなことが読みとれるようになっている。

例えば、大手企業で働いている人とその扶養家族が加入するのは組合管掌健康保険(保険者は健康保険組合)、中小企業で働いている人とその扶養家族が加入するのは政府管掌健康保険全国健康保険協会――協会けんぽ――)になる。

 もっと勉強してよい大学に入り、給料も福利厚生もよい一流企業に入ればよかった……と思っても、もう遅かった。

だとすれば、逆の人間もいるということだ。就職を境に、それまでよりランクアップした階層に入る人間が。

また、妻の知り合った女性の夫が商社勤めだからといって、その夫が一流企業のサラリーマンとは限らない。商社にもピンからキリまであるのだ。

しかし、おそらくはその夫――川野辺氏は父親と同じ保険証を手にしているのだろうと豊は思った。

 一流企業のなかの嫌らしいピラミッド構造のなかで父親が疲弊していくのを子供のころから感じていた豊はそんな父親を見るのが嫌で、中学時代は不良グループに入って遊べるだけ遊んだ。

不良グループといっても、学校や家庭が性に合わないため、サボって無難な遊びをしていた連中にすぎなかった。

 そうした行為の当然の結果として、名のある大学とは縁のない大学受験となったが、それは父親の生きかた――父親が選択した企業というべきか――に対する反発心が招いた豊自身の選択だったともいえた。

とっくに鬼籍に入っている父親が、草葉の陰で豊の歩く道を祝福してくれているのか、嘆いているのか、彼には知るすべもない。

 中小企業に就職して後悔に襲われる一方では、戦国時代のような流通業界の有様にゲーム感覚が刺激されていた。

地方勤務からサウジアラビアに転勤になると聞くと、商社のなかではエリートからは脱落した組だろうな、と豊は想像した。

 農家とはいっても、妻の昌美が生まれた家は旧家で、第二次大戦で没落していなければ、お嬢様だろう。豊は昌美が意識せずに身につけている奥ゆかしい雰囲気に惹かれた。

中小企業のサラリーマンの妻としてはそうした部分がむしろマイナスに働くに違いないとわかっていながら、彼はプロポーズしてしまったのだった。

 妻の開拓した人間関係が、もし蹴落とされた階層へと通じる裏道になるのだとしたら面白い、と豊は興奮したのだった。

それがとんでもない獣道だということを、そのときの豊には知るよしもなかった。

「それはいいけれど……」
 と、川野辺夫妻の招待を受ける意向を豊は匂わせると、普段着のジャケットに五日ほど入れっぱなしにしていたパチンコの景品のアーモンドチョコをとりに立った。

 戻ってきながら、
「それはいいけれど、実はそれとは別の話があるんだ。アメリカに行っていいかな?」

地味な人 [第13回]

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クライスラー・ビルディング(アール・デコ建築)


 その夜、店内の陳列替えのために遅くになって帰宅した夫とふたりで夜食といっていいような夕食を済ませていると、雨が降り出した。風のせいで不揃いに聴こえる雨音にちょっと耳を傾けてみて、昌美は言った。

「あの分譲マンションね、新しいせいか、ひどく湿気があるんですって。うちは建物が古いせいか、元々欠陥があるせいかは知らないけれど、雨が降ると、押入れの一角が濡れたみたいになることがあるわよね。そこに布団なんて、とても置けないくらいに。さすがに、そんなことは言えなかったな」

 おかずの肉じゃがを肴にキリンの発泡酒を呑んでいた夫は、ふーんと生返事をした。

彼は少しだけ贅沢をしたいときには発泡酒*1ではなくてビール「一番搾り」を買ってくるのだったが、この日は倹約の必要があるのか、発泡酒だった。

「お部屋の家具はマンションの外観に合わせてアール・デコ調のものを揃えたんですって。アール・デコという言葉は知っていたけれど、何のことかわからなかったから、辞書で調べてみたわ。アール・デコの原義は『美術装飾』で、一九〇二年から三〇年にフランスを中心として欧米で流行した装飾美術の一様式をいう――とあった。日本が大正から昭和に移る頃のことよ。幾何学形態などに特色を示す――ともあって、そういえば、リビングの食器棚もダイニングのテーブルや椅子も面白くて、優雅な形をしていたのよね。皓子さんは食器棚のことをカップボードと言うの。大学は、あの有名なX…大の英文科を出たんですって。それで、自然にカップボードなんて言いかたが出るんでしょうねえ。ああ、そのカップボードの背板は銀張りよ。食器が映って綺麗で……」

 熱に浮かされたように話し出した妻を、夫の豊はびっくりして眺めていた。何となく不機嫌になって、
アール・デコはフランス語だろ? じゃあカップボードじゃなくて、プラカールとでも言えばいいじゃないか」
 と返した。

 昌美は笑い、
「あなた、大学でフランス語を選択したんだっけ。違う? じゃあ漫画で仕入れた知識なんでしょう。それも違うんですって? ああ、そんな商品名の食器棚があるのね。ちょっと待ってて。食器を流しに持っていったら、最初から話すから」
 と、楽しげに言った。

「フランス語のプラカールくらい、ホームセンターに勤める人間の常識ですよ、常識」
 と言ったあとで、豊は小声で白状した。
「実は、大学の近くにプラカールという名のさびれたスナックがあったんだ。マスターに意味を訊いたことがあったのさ」

 テーブルと流しの間を軽快に三往復して戻ってきた彼女は、公園の入り口での川野辺皓子という女性との出会いと、住まいに招かれたいきさつを語った。

子供たちの月齢は近く、皓子の子供のほうが友裕より一月ほど早く生まれただけだということも話した。

 美的なものに感応しやすい昌美は皓子の住まいについて、まるで美術館でも訪ねたかのような話しかたをするのだった。夫と一緒に発泡酒を呑んだわけでもなかったのに、頬がほんのり薔薇色に染まっている。

*1:ビール風アルコール飲料。ビールに比べると低価格。

地味な人 [第12回]

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クローシュからのぞいている引き締まった顔はまっすぐに昌美のほうに向けられていて、その女性がキャリアで前向きに抱えている赤ん坊がまた、母親とどっこいの手強そうなしかめっ面でこちらを見つめている。

尤も、赤ん坊のほうは単に光がまぶしいだけなのかもしれなかった。濃い眉、濃い睫毛に小気味よく尖った鼻、傲慢な感じさえ与えるしっかりした顎は母親似だったが、母親がよく日に焼けた肌色をしているのに比べ、赤ん坊はちっとも日に焼けてはいない。

水色のキャリアの背当てには、雪のように白い天使の羽の飾りがついていた。赤ん坊はグレーに黒い恐竜の柄が洒落た、足元までカバーされたロンパースを着ている。

 一方、女性のほうでも昌美のパッとしない身なりとおとなしそうな顔、やはりパッとしないロンパースを着たベビーカーのなかで眠りこけている赤ん坊……といったものをすばやく捉えた様子だった。

何かしら勝ち誇ったような色合いが、その猫のもののような輝きを放つ瞳に拡がるのを昌美は見、すっかり驚きながら遠慮がちに会釈をした。

都会的で洗練された外観の女性が、野性味むき出しの露骨な目つきをしたという出来事に昌美は打ちのめされ、田舎者の素朴な驚きを覚えたのだった。

 が、女性の表情は一瞬にして変化を見せ、今度は華やかな、愛想のよい顔つきとなって、昌美に話しかけてくる。

「こんにちは。坊やは気持ちよくおねんねですね。わたし、川野辺皓[こう]子と申します。この子はショウ――晶――。この公園に来たのは今日が初めてなんですけれど、あなたは? あそこで遊んでいるかたたちとはお知り合いでいらっしゃるの?」

 張りのある声で畳みかけるように話しかけられ、昌美はこわごわ答えた。
「わたしも今日たまたま、ここへ来てみただけなんです。久保昌美といいます」

 すると、なーんだというような、人を軽んじるような調子が皓子という女性の表情に浮かんだ。

 昌美はそれを見て見ぬふりをし、
「子供の名はトロヒロ――友裕――です」
と、つけ足した。

 そして、ものやわらかな物腰はそのままに口を閉ざした。早くここを立ち去ろうと思いながら。ところが、事態は思いがけない展開を見せることになるのだった。

 皓子は、昌美が公園で遊んでいる子供たちの親と知り合いではないということに解放感を覚えたらしく、ややだらしなく見えるくらいに唇を開け気味にして微笑した。そうすると、頑丈そうな顎に似合いのしっかりとした見事な歯並びがこぼれた。

「そう、あなたはあの人たちのお仲間とは違うのね。あれを見ると、ちょっとね。あそこで遊んでいる子たちはだいぶ大きいし、お母さんたちもたいそう仲よさそうでしょ。あそこへ入っていくのはまた今度にして、よろしかったら、うちへいらっしゃらない? この公園の近くなんですよ」

 そして、皓子はあのシェルピンクと白を使った分譲マンションの名を告げたのだった。

 昌美はおののき、とっさに皓子の招待に応じるべきか否かを迷うのだったが、
「いいんですか?」
 と問いかけると、顔を赤らめた。